白船来寇in1908(明治41年)

2020/02/27

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明治41(1908)年、日露の大戦争に見事な勝利を収めて3年後のことであります。
大日本帝国は再び国家存亡の秋(とき)を迎えていたのでございます。

太平洋にアメリカ艦隊無し?

日露戦争後、日米関係は悪化し始めておりました。

表面的な理由は、
①日露戦争に勝利した日本が、満州での利権や太平洋での影響力を高めており、おなじく太平洋や支那大陸へ進出したいアメリカと対立する、と思われた。

②アメリカ西海岸で日本人移民が急増して、市民の排日運動が活気を帯びていた。

と言う2点です。

さらに欧米の無責任なメディアを中心に、根拠もない日米関係の危機説が囁かれ、
「1907年6月7日の米閣議で、対日戦は不可避との雰囲気となった」などの虚報が垂れ流され、
「日米開戦を避けるためには、米国は巨大な艦隊を保有していて、いつでもこれを使用できる、ということを日本に知らせることだ」
という世論が力を得てきていたのです。

戦艦ジョージアの進水式

戦艦ジョージアの進水式

と申しますのも、当時のアメリカ海軍は大西洋正面に艦隊を集中していまして、太平洋にはWikiによれば
「装甲巡洋艦が1隻配備されているだけ」
という状況。

日露戦争で、競合するロシア艦隊を消滅させた日本の海軍力は、太平洋上に(一時的とはいえ)覇を唱えていたのです。

大西洋から太平洋へのショートカット、パナマ運河もまだ建設中であり、アメリカの保守派や軍人たちは植民地であるフィリピンの防衛に不安を募らせていました。

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そこでセオドア・ルーズベルト大統領は、この3年ほどで11隻もの戦艦を建造して、大増勢を果たしたアメリカ大西洋艦隊を世界に誇示する機会を窺っていたのです。

もちろん、その誇示の主な対象は大日本帝国。

対する大日本帝国にはアメリカが日本人移住制限を検討したことに対する世論の反発、ポーツマス条約の仲介で「賠償金」を取れなかったルーズベルト大統領に対する不満が充満。

これらを受けて大日本帝国政府は、前年(1907年)の「帝国国防方針」にアメリカを第一の仮想敵国と書き込んでおりました。
とはいっても、大日本帝国海軍の主力艦はいまだ国産、とは行きません。

そのような我が帝国の事情を見透かしたかのように、ルーズベルト大統領は明治40(1907)年の暮れ、議会で
「大西洋艦隊を太平洋に廻航する」
と表明したのであります。

戦艦カンザス

戦艦カンザス

大日本帝国海軍は、ロシアからの戦利艦で少しは隻数が増えたモノの、それも旧式艦ばかり。
新造11隻を含む戦艦16隻の敵対的大艦隊が太平洋に姿を現せば、亡国の危機と言っても大げさではなかったのであります。

大日本帝国は朝野を挙げての大騒ぎとなり、知恵を絞ってこの危機に対処したのでありました。

対策

日露戦争後の日米間の最初の「摩擦」は、1906(明治39)年10月に起きてしまったサンフランシスコ市における日系学童の東洋人学校転入問題でした。
この年、大地震で多くの校舎が壊れて、残った学校が過密化したとして、サンフランシスコ市は公立学校に通学していた100名ほどの日本人学童を「東洋人学校」へ転校させるように指示したのです。

この指示はルーズベルト大統領が介入して、翌年には撤回されたのですが、この問題に端を発した「日本人移民排斥」の動きは過激さを増し、日米関係は緊張の度合いを高めていました。

アメリカへ移住する一家

アメリカへ移住する日本人一家

このような情勢が続いていましたので、
「日米両国が太平洋の支配権を掌握しようとすれば、将来の戦争は避けられない」
といった政治家の発言が多発しており、
「既に日本政府が最後通牒を送った」と言う新聞報道が何度もなされています。
「エビデンス?無ぇよ、そんなモン」ってのは朝日新聞の発明した名言ではないのです(笑)

無責任なメディア(我が国のメディアも、ですよ)が日米戦争を盛んに焚きつけている(日米関係の危機が高まっている、とも表現できるな)真っ最中の明治40(1907)年5月13日の事であります。

意外な招待状がアメリカから到来いたしました。

バージニア州ジェームスタウンとハンプトン・ローズで挙行される「万国陸海軍祝典」(アメリカ植民300年祭の一行事)に参加してくれないか?とのこと。

「万国陸海軍祝典」でありますから、軍艦も陸軍関係者も参列して欲しい、と言う招待でありました。

帝国政府はこのお誘いに飛びつきました。

良く考えてみれば、「新大陸」にもともと住んでいた人びとから、土地を奪い取り始めて300年を祝う、って言うとんでもない「お祭り」でありますが、背に腹は代えられません。

せっかく招待してくれたんだから、陸海ともに「精鋭」を送り、アメリカにヨイショすると同時に、わが軍の力量を大きく見せておこう!って算段です。

伊集院五郎

伊集院五郎

海軍は、第二艦隊司令長官の伊集院五郎中将を指揮官にし、この年1月に竣工したばかりの国産の巡洋戦艦「筑波」とサンフランシスコで造ってもらった(つまり、アメリカにお金を払った)防護巡洋艦「千歳」を派遣。

伊集院五郎は日露の戦い前夜に「伊集院信管」を開発して対馬沖の勝利に貢献するとともに、英国の海軍兵学校~海軍大学校で学んでいたこともあって「人脈」にも期待されたと思われます。

陸軍は、日露戦争での卓越した指揮ぶりが欧米で高評価を受けている黒木為楨大将を代表に、将官3名・佐官3名・尉官4名・下士卒4名の計15名を送り込みます。
コチラは「上陸したら『最強ロシア陸軍』を、満洲の荒野で追い回した黒木が迎え撃つぜ」って脅しでしょうか。

伊集院艦隊は2月28日横浜を出港、スエズ運河経由でハンプトン・ローズ(バージニア州)に到着。

陸軍の代表団も一緒に行けば良いのに、別行動。4月17日に安芸丸で横浜を出発し当然太平洋を横断してシアトルに到着。
鉄道に乗って、主要な都市を訪問しながらアメリカ大陸横断。

伊集院と黒木はルーズベルト大統領に面会したほか、アメリカ陸海軍との親善交流に意を尽くし、「日米戦争論」の沈静化に努力を重ねた、とされています。

黒木 為楨

黒木 為楨

 

特に、伊集院中将は大西洋艦隊の一部を自分の眼で観察しています。
この艦隊が、翌年帝国に来寇する、とわかってたんでしょうか?

山本権兵衛も

伊集院艦隊と黒木大将の一行が日本へ帰ったあとの7月4日。

ヴィクター・メトカーフアメリカ海軍長官は、オークランドでの記者会見で、
「近い内に大西洋艦隊を航海演習のため太平洋方面に回航する」と発言します。
同月7日には谷口尚真駐米大使館付海軍武官から、東郷平八郎軍令部長に対して

「太平洋に廻航される艦隊は、戦艦16隻と巡洋艦2隻で編成され、同年12月末にサンフランシスコに到着予定である」

との報告が入り、この情報は外務省にも通牒されました。

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いったん沈静化していた「日米開戦論」でしたが、このアメリカ艦隊の廻航が発表されると再び燃え上がります。
この状況を受けて、イギリス訪問中の山本権兵衛海軍大将が、急遽7月10日にニューヨークを訪問。
ルーズベルト大統領に面会・会談。米軍関係者とも会見を重ねて、「日米関係が円満である」と強調して見せます。

さすがに山本は、今回の「日米開戦騒ぎ」が新聞の影響力による部分が多いのを見抜いておりました。

山本権兵衛

山本権兵衛

 

在米中に山本は新聞記者を集め

「日米両国の修好条約は古く、或は風波の起つことありとするも(略)兩國の平和の基礎は微動だもせざるべし。故に自分は兩國の關係は、一にも平和、二にも平和、何處までも平和を以て進むべきことを確信するものなり。(略)國際關係の圓滿なる発達は(略)世の木鐸たる新聞記者諸君の筆鋒に負ふ所、甚だ大なるを思ふ。冀くは諸君此意を諒せられんことを」(句読点は電脳大本営にて付加、太字も。)

と、よいしょコメントを出したりしています。

また、山本は旗艦「コネチカット」に座乗するアメリカ大西洋艦隊司令長官のロブリー・エバンス少将を訪問し、日本が平和を熱望していることを伝え、同少将も同意した旨を語っています。

大西洋艦隊の太平洋廻航を控え、日米間の摩擦を出来る限り取り除こう、と大車輪の活躍であります。

山本はルーズベルト大統領とも会談するのですが、この場では少し恫喝までしています。曰く
「米艦隊を太平洋に回航することは、米国自身の問題であるが、日本国内に種々の議論を惹起させる結果となる。このような行為は中止した方がよろしかろう。」

これに対し、ルーズベルトは
「艦隊は来年4月頃を目途に(大西洋に)呼び戻す」と答えたそうですが…。

念のために申し上げておきますが、私は「陰謀論」「陰謀史観」ほど嫌いなモノはありません。この世にこれほど醜悪なモノが存在し続けているのは、地球の恥だと思っています。

従って、次に書くことでは私はセオドア・ルーズベルトを評価しません。なぜなら、政治家同士の国を背負った面談で、裏表があるのが当たり前であるからです。

セオドア・ルーズベルト

セオドア・ルーズベルト

 

国際関係は基本的に弱い方・騙された方が悪いのです。

ルーズベルトはこの会談の様子を、国務長官のエリフ・ルート氏には次のとおり伝えています。

「予は日米両国間の関係に対しては、他の問題以上に心労する。幸にして我が海軍は整備され、今や世界を巡航すべき好時機である。(略)日本の重要の人物たる山本は、当方の局面及び今後の趨勢を明かに全然誤解してゐた。(略)
彼は米国は欧洲人を排斥せざる限り、特に日本人を排斥すべきでないと主張した。
余は彼に事実として承認するの要を反覆説明し、若し米国の労働者にして日本に滔入し、日本労働者の賃銀を切り崩すに於ては、日本は即座にこれを排斥すべく、すなわち米国は経済上の理由よりして日本労働者を拒絶するの已むを得ざる所以を語り、米国は到底日本労働者を入るる能はずと断言し(略)

余はまた憚る所なく我が艦隊の太平洋巡航の計画を語り、その巡航は極めて短時期に終了すべき見込なる旨を述べて置いた。(略)彼が如何なる程度に印象を得たかは、何ともいうを得ない。」

日系一世

日系一世

 

ルーズベルトは、
「山本が移民問題に関し『ヨーロッパ人の移民を制限しないのに、なんで日本人を』…と抗議したけど、『お前のとこのは安い賃金で働き過ぎるんだよ』と言ってやった!」
と自慢してるわけ。

大西洋艦隊の「太平洋への回航」に関しては、
「山本に対しては、短期間で終了する太平洋巡行である、と言ったが、ホンマは今が世界周航の好機だよなぁ」
などと抜かしていますね。

コレが「アメリカ合衆国大統領」としてのルーズベルトの本心でありましょう。騙された山本が悪いんですよ。

いや、山本権兵衛もさるモノでありまして。どうもこの後の展開からして、騙されたフリをしてただけようにも思えます。

ついに太平洋に

アメリカは明治40 (1907)年8月も下旬になってから、戦艦16隻、駆逐艦6隻と補助艦船数隻をもって大西洋艦隊を編成の上、この年12月中旬に南アメリカ大陸最南端・マゼラン海峡経由でサンフランシスコに回航させることを発表しました。

伊集院五郎・黒木為楨・山本権兵衛らの努力をあざ笑うかのようでもありますし、一国の海軍力をどこにどう展開しようが、その国の勝手でしょ、とも言えますよね。

アメリカの「排日論」の中心は太平洋を挟んで日本と対峙する西海岸。日本からの移民が到着するサンフランシスコは、特に厳しい排日運動が展開されている地域でした。

逆に申せば、アメリカ艦隊がいなくなる東海岸では、排日はそれほどの勢いもなかったワケで。
回航が現実となると、アメリカの国内では反対説も唱えられるようになっていました。

日本人街の盆踊りシアトルにて

日本人街の盆踊り(シアトルにて)

 

曰く、
「艦隊の太平洋への回航は日本に対する宣戦布告に等しい」
とか
「アメリカが提唱してハーグ平和会議が開催されているのに、挑戦的行動を取るべきではない」
あるいは
「アメリカは平和を望んでいない、と世界に示すことになる」などなど。

騒然とする中、アメリカ側からも平和を模索する動きがありました。

ウィリアム・タフト陸軍長官がフィリピン視察の途次の9月28日に来日。
天皇陛下に謁見したあと、政府首脳との会談を重ねて「日米親善」の必要性を説いたのです。

また9月30日には、東京市と商業会議所の「合同タフト歓迎会」が開催され、主催者を代表して渋沢栄一が、
「日米関係は、両国間の貿易額が飛躍的に増大するなど経済的にも密接な関係にあり、日本は米国人の厚誼を重んじている。」
とした上で、
「歸國の上は我國民の所思を米國上下に傳へ、米國國民も亦我國民が
米國民を憶ふが如く、同じ態度を以て臨まれんことを偏に望む所なり」と述べています。

これに対してタフト長官は、
「世界或は日米間の開戦を口にする者あり、是何たる言ぞや、某将軍の言へるが如く、戰争は地獄なり、しかも日米間の戰争に至つては余は其近世文明に對する一大罪悪なるを信じて疑はず」

と日米開戦論を強く否定しています。

まあ、タフトさんは「陸軍」長官だからなあ。歓迎してやるだけムダ、ってのは言い過ぎでしょうが(笑)

こうした大日本帝国政官民挙げての努力にもかかわらず、アメリカ艦隊(珍しい白色塗装だったため、「グランド・ホワイト・フリート」と呼称)は12月16日、ついにハンプトン・ローズ港を「出撃」、マゼラン海峡へと南下を始めます。

明治天皇

明治天皇(1909年、栃木県で演習を統監されるお姿)

 

世界は騒然としました。
「日米の衝突は最早避けられなくなり、日本の公債が暴落した」
とか
「日米開戦の場合は(日本に)軍資金を提供する用意がある」

などと日米両国を煽るような情報が、糞メディアばかりではなく、フランスやスペインなどの在外公館からも報告されるようになるのであります。

スペインなど、米西戦争(1898)で一敗地にまみれてフィリピンを奪われたばかりでしたから、「軍資金出したるでぇ」ってのは本音だったかもしれません。

まさに「他人の不幸は蜜の味」でありますね。願わくば、日米ともに倒れんことを!なんて願ってやがったと思って間違いありません。
それが今でも通ずる「国際社会」ってモノですよ。

平和やら共栄やら理想の実現を願うのは口だけ、自国だけが繁栄するのが一番に決まってるじゃありませんか。

さてさて、大日本帝国はこの危機を如何に乗り切るのでありましょうか?
次回「ホワイト・フリート太平洋へ」に続きます。

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