零観イラスト

第二次大戦の複葉機

2015/10/10

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複葉機と聞くと、なんだかクラシックな低性能機という印象がありませんか?
まあ、確かにとんがった性能の機体はありませんし、期待すべくもないんですけど、第二次大戦でも複葉機はちゃんと活躍してますよ。

「ああ、あの雷撃機ね」とお思いの貴兄、もっともっとありますから。

複葉機最速!スピットファイアともやりあった名機

フィアットCR42 ”ファルコ” 1939年採用、イタリア。

フィアットCR42、地上姿勢

フィアットCR42、地上姿勢

鋼管の骨組みに羽布張り、固定脚という古色蒼然の機体なのに840馬力のフィアットA74RC38エンジンで最高430キロ/hまで引っ張るやんちゃぶりです。
エンジンをダイムラーベンツDB601(1100馬力)に換装したテスト機は530キロ/hを記録して「複葉機最速」の称号を誇ります。

フィアットCR42、編隊飛行

フィアットCR42、編隊飛行

なんとロンドン空襲にも参加、大戦中期以降はさすがに性能不足でしたが、戦闘爆撃機としても使われたそうです。

イタリア空軍のエライ人たちは大日本帝国海軍以上に「クルクル戦闘機」が大好きだったんでしょうか。

フィアットCR42、残骸ながら構造の良く判る一枚

フィアットCR42、残骸ながら構造の良く判る一枚

『ファルコ』は完全な複葉機と言うより下翼がだいぶ小さいから「一葉半機(セスキ・プレーン/sesquiplane)」と言うべきかも。

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あっ、そうそう。主脚は固定でも、尾輪は引き込み式だったそうです。
尻だけ進歩的

 

これは皆さんご存知の名機

フェアリー・ソードフィッシュ 1935年採用、イギリス。

ソード・フィッシュ カラー飛行中

ソード・フィッシュ カラー飛行中

鋼管・羽布張り・固定脚は「ファルコ」と同様です。
ブリストル社のペガサスエンジン(750馬力)で乗員3名を乗っけて最高速222キロ/h。でも航続距離は1600キロを越えてました。

スピードが遅いってことは、簡単に飛び立てることを意味しています。これはソードフィッシュが使われ続けた要因のひとつになりますので、ご記憶の程を。

主な戦歴は

タラント夜襲

1930年台末のタラント軍港

1930年台末のタラント軍港

1940・11月空母イラストリアスの艦載ソードフィッシュがイタリアのタラント軍港を空襲しました。
停泊していたのは旧式戦艦2隻、超弩級戦艦2隻と巡洋艦、駆逐艦多数で、3隻を大破着底させましたが、イタリアは2隻の浮揚修理に成功しています。
後の真珠湾アタックのモデルになった作戦です。

ビスマルク追撃戦

1941年5月24日、ヴィクトリアス艦上のソードフィッシュ

1941年5月24日、ヴィクトリアス艦上のソードフィッシュ
翌日、ビスマルク攻撃に向かいました。

1941年5月、ドイツ戦艦ビスマルクに対して空母ヴィクトリアスのソードフィッシュ隊が雷撃を慣行、操舵装置を破損させて後のビスマルク撃沈におおきく貢献しました。

このとき、スォントン中尉が操縦したソードフィッシュは175ヵ所も被弾(攻撃は断念)して帰還。「ソードフィッシュはタマが突き抜けちゃうから無敵」伝説の元となっています。
弾丸が突き抜けたら、主翼は破れちゃいますよ。丈夫とは言え、布切れがピンピンに張ってあるんだからね。
スォントン君は風圧をうまく逃がす操縦をしたか、すごく運が良かっただけだと思いますけどね。

その後

英海軍もソードフィッシュの低性能はわかっていましたが、後継機の出来が悪い。「黄色いサルにはこれでも通用するさ」と太平洋戦線に回しますが「クルクル戦闘機」中心の大日本帝国軍機には通じずボコボコに。

MACシップ艦上のソードフィッシュ

MACシップ艦上のソードフィッシュ

それでは、と護衛用に使うとこれが大成功でした。
飛行速度が遅くて長く飛べるので、対潜警戒にはもってこい。
悪天候でもMAC船の短い甲板から飛べて、英国輸送船団の守り神となりました。

ロケット弾でUボートを撃沈したことでも有名です。

先進のアイデア、未熟な工作技術

ニキーチン・シェフチェンコ IS-1

複葉機の利点は、翼面積が大きく取れて離陸/着陸速度が抑えられることが大きい。ああ見えて頑丈でもあるんで、戦場のでこぼこした短い滑走路でも使える。

欠点は翼面積が大きくてスピードが出ないことだ。それなら、離陸したら片一方の翼を畳めばいいじゃん。最近は主脚だって引っ込めてることだし。

Nikitin IS-1三面図

Nikitin IS-1三面図

そんなアニメのメカ設定が現実になったような複葉機がソ連の”IS-1”

あんまり良い写真がないので、三面図でごらんいただきます。
1100馬力のM63エンジンで453キロ/h!エンジン換装前の「ファルコ」より早いじゃん。
構造は良く判らないんですが、どうやらモノコックではなくて鋼管の骨組みにジュラルミンの薄板を張ってるみたいです。
この当時のソ連機は前金属、後ろ木製みたいな構成も多いからソイツかもしれません。

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ウリの主翼の折り畳みは、小さめの下翼の中央辺りから、空気圧アクチュエータで上翼の下面に収容したようです。このとき、脚も一緒に引っ込めます。

Nikitin IS-1正面から

Nikitin IS-1正面から

馬力をアップした型も作られましたが、この複雑な構造がソ連の生産施設には向かず、故障も多くて量産には至りませんでした。

そもそも、ロシアから東欧にかけての平原を、碌に整地もしないで飛ばすのがソ連戦闘機です。

Nikitin IS-1イラスト

ニキーチン IS-1イラスト

こんな複雑なヤツが運用できたとはとても思えませんね。

盟邦ドイツは流石!脚が垢抜けてます…(笑)

フィーゼラー Fi167
独逸第三帝国が建造を試みた本格空母「グラーフ・ツェッペリン」に搭載する雷撃機として競争試作を勝ち抜いた機体です。

どうも制式採用の年もはっきりしないんですが、グラーフ・ツェッペリンの建造開始が1936年ですから、この辺なんでしょう。いい加減ですみません。

フィーゼラーFi167イラスト

フィーゼラーFi167イラスト

1100馬力のダイムラー・ベンツDB601Bエンジンで、魚雷か爆弾1トンを抱き乗員2名で325 km/h。

飛行中のフィーゼラーfi167

飛行中のフィーゼラーfi167

この時期にドイツが採用する性能かなあ、って気もしますけど。
ドイツはトンがった性能を追求する事もあるけれど、すごく堅実な兵器造りもやるので…

フィーゼラーだけに

あの「シュトルヒ」のメーカーだけに主脚が凝りに凝ってます。
画像をご覧下さい。

出撃準備中のフィーゼラーFi167

出撃準備中のフィーゼラーFi167

左の脚が写ってますが、自重でスパッツ(空気抵抗低減のための脚カバー)ごと斜めに移動してますよね。
もともと空母のフラットな甲板に着陸する機なのに、こんな仕掛けが必要だったんでしょうか?

この画像はおそらくクロアチアに売却されたFi167だと思うんですが、こういうところでなら役に立ったでしょうけれど。

P51を

このクロアチアに渡ったFi167が、なんと「第二次大戦の最優秀戦闘機」の呼び声も高いP-51を撃墜した記録があります。

1944年10月10日のこと。
シサク近郊で孤立した友軍への補給任務に従事していた1機のクロアチア独立国空軍のFi 167が、英空軍のP51に攻撃されたのです。それも5機。

Fi 167は垂直にも降下できるという小回り性能を活かして反撃!
自分も撃墜されたものの、1機のP51を道連れにしたのです。

複葉機に撃墜されたP51のパイロットが下手だったのか、Fi 167の方が名人だったのかはわかりません。
ともかく天晴れです。

雷撃ってモノを知らない?

ただ日本人からすれば、「雷撃機にこんな降下性能は不要だろ」と言わせてもらいたいですね。

雷撃機に必要とされるのは、縦ではなく横方向の機動性能です。
だって、海面のすぐ上で逃げる敵艦を追い詰めるんですから。

ドイツ人、飛行機から魚雷をぶっ放すって、やった事がなかったんでしょうか?
Fi 167の「後継機」としてJu87「スツーカ」の改造機を試してることを考えると、ますます判ってなかったんじゃね?と思います。

やっぱり大日本帝国の

以前の記事でも紹介させていただきましたが。
大日本帝国海軍のこれは外せませんね。

整備中の零式観測機

整備中の零式観測機

零式観測機 1940年制式採用
800馬力の三菱「瑞星」エンジンで370 km/h

構造は今までの各国複葉機とは違って、近代的な金属モノコック(一部補助翼が羽布張り)。
良く見ていただくと、主翼を支える張り線の数も少なくて「ほぼ片持ち翼」です。

観測機は戦艦や巡洋艦に搭載しておいて、砲撃戦のときに弾着観測に使おうって魂胆です。
だから、やたらめったらに長い航続距離の海軍機にあって、そこは要求されませんでした。だって、大和級だって砲撃距離は40キロそこそこですからね。

零式観測機

零式観測機

速度もあまり要求されず、ただ「もし敵の観測機が来たらやっつけちゃえ」と言うことで格闘性能の要求は高かったのです。

試作の段階では川西・愛知と採用された三菱の競争だったんですが、三菱がこの条件をうまく利用しました。
複葉機の小回り性能を活かし、「水上機の川西」から勝利を奪ってしまったのです。

ドリー上の零観

ドリー上の零観

格闘性能は二式水上戦闘機(零戦にフロートを付けた、「強風」までのつなぎ)より上とも言われ、数々の撃墜記録を誇ります。

「無茶な要求をしなければ名機が産まれる」の典型みたいな機体で、沖縄戦では特攻にも使用されました。

複葉機が劣速なのは、複葉が原因じゃない?

そもそも、主翼が2枚あるいは3枚もある飛行機が作られたのは何故なんでしょうか?
空力の設計が悪くて一枚の主翼では飛べなかったんでしょうか?

おそらくは世界でも最初期の軍用機、ドイツの「タウベ」は単葉ですが、性能はただ飛ぶだけ。(WWⅠの青島戦ではわが軍を悩ませてますけど)

タウベ軍用機

タウベ軍用機

飛行機の性能、特に速度性能は主翼の枚数ではなく、空気抵抗によって左右されています。
そして、空気抵抗の大きな原因は複葉機の上翼と下翼を結ぶ支柱(つっかい棒)や張り線だったのです。

当時はまだ「片持ち翼」の工作技術が完成されてなくて、つっかい棒や張り線が必要だったので、複葉機が多く作られたんです。

工作技術も、推進力(エンジン)も飛躍的に発展した現在、複葉機が何かの形で復活する可能性は無いんでしょうか?

対潜哨戒機とか、輸送機とかね。
今はやりのドローンだって、長距離・長時間を狙うなら複葉機型もアリだと思います。

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-伊太利, 同盟諸邦の軍備紹介, 帝國海軍, 独逸, 航空機
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