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海軍動力の革命・タービンの登場

2017/03/04

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弩級艦はタービン推進

蒸気推進で自由に航行する力を手に入れた軍艦でしたが、蒸気でレシプロ機関(往復運動をするエンジン)を動かしている間はそんなに高速にはなりませんでした。
そんな事情を英国人パーソンズさんがひっくり返し、「タービン」と言う機関を軍艦に導入いたします。

タービンを初めて採用した主力艦、と言えば超有名な英戦艦ドレッドノートですね。
ドレッドノートの就役が明治39(1906)年です(退役は1919年、この間の戦艦の巨大化と重武装化の早さよ!)。

蒸気を作る罐(かま)の国産化を果たした大日本帝国海軍は、ようやくその名と実力が世界に轟きつつあった時期でした。

対馬沖の立役者、戦艦三笠の後継艦「薩摩」はドレッドノートの登場によって出来る前に陳腐化してしまいましたが、国防には一刻の猶予もありません。嘆いている暇など無いって事です。

遅くなかった帝国海軍

ドレッドノートに遅れること僅かに2年、明治41(1908)年、現在の三菱重工・長崎造船所で通報艦「最上」が竣工。小型艦とは言えライセンス契約したパーソンズ式タービンを搭載しておりました。
一瞬でタービン機関の優越性を見抜いて、試験的に導入した海軍の見識に一目置くべきでしょう。さらに翌明治42(1909)年には呉海軍工廠で巡洋戦艦「伊吹」が竣工いたします。輸入モノですがカーチス式衝動タービン駆動。

1910巡洋戦艦伊吹

巡洋戦艦伊吹
1910撮影

この「伊吹」はタービン駆動の主力艦としては英国に続くものであり、独・仏・米などに先駆けていたのでありました。第一次大戦にも出撃、インド洋での通商護衛に活躍いたします。
なお、伊吹が絡む第一次大戦の海戦話は大変ロマンあふれるモノですので、一度書きたいと思っています。伊吹の役はただの脇役、ドラマで言えば「通行人C」位ですけど。

さて、本題であります。

タービンとはどんな仕組みなのか?

ジェット・エンジンにも通じる技術であり、現在に至るまでスピードを求められる艦艇はタービン推進(ガスになったり、発電併用になったりしても)なのですから、軍艦フリークとしては是非とも押さえておきたいところです。

イラストで見るとすぐに理解できます。左から順にご覧ください。(クリックで拡大します)

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左のイラストの矢印方向に、全てのノズルから蒸気が吹き込みます。
イラストには書いて無いですが、実際にはノズルはもっと沢山、びっしりと並んでいます。

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タービン軸と書いてある棒がもっと伸びていて、その先にプロペラ(スクリュー)が付いています。ただ、これだけでは大したパワーが出ません。

真ん中のイラストはタービン全体の断面を描いています。

一段の回転円板だけでは蒸気の持つパワーが活かしきれませんので、羽根と回転円板を何段も並べてやります。
何段も並べたのをケーシングに納めて真横から輪切りにするとこんな感じです。
蒸気入口から入った蒸気が、何回も羽根に当たって回転力に変換されることが判ります。

でも、蒸気がそんなに上手いことタービンを回すものでしょうか?
その秘訣が一番右のイラストです。今度は少し判りにくいかも知れません。

真ん中のイラストで固定羽根・回転羽根と書いてある部分だけを見ています。

いったん回転羽根に当たって、羽根をまわした蒸気は固定羽根で流れを整えられて再び回転羽根に働き、これを何度も繰り返すのです。

回転羽根を動翼、固定羽根を静翼と呼ぶこともあります。

タービン導入当初はパーソンズ式、ブラウン・カーチス式の両方を試しながら、どちらもライセンス生産でした。どちらが良いか、使ってみて確認しようと言うわけです。

ついに国産タービンが・・・

やがて伊吹から経験を重ねて大正5(1916)年、佐世保海軍工廠で桃型駆逐艦の「桃」が竣工いたします。この「桃」にはブラウン・カーチス式を海軍が独自改良した、国産の艦本式直結タービンが搭載されていたのです。

T6桃、佐世保

駆逐艦桃、大正6年佐世保にて撮影

ついにボイラー(罐)もタービンも国産化に成功・・・と言いたいところなんですが、タービンの高い性能を活かしきるためには、もうワンステップ必要でした。

桃型駆逐艦が竣工し始めたころ、世界のトップランナー海軍はギアード・タービンへと進化していたのです。
タービンはその構造からも想像できるように、数千~数万回転/毎分の高速で運転してこそ効率が良いものです。
ところが、そのタービン軸に直結されているプロペラ(スクリュー)の方。
速く回し過ぎると、水中で空気の泡が出来る現象(キャビテーション)が起きるなどしまして、効率が悪くなってしまいます。

これを解決するためには、ギアでタービンの回転を落してやれば良いワケですが、自動車の駆動系ですらなかなか耐久性の良いモノが出来なかった時代です。

素材や噛みあわせなどの問題が多く、当時の我が国の技術・基礎工業力には荷が重かったようです。ギアード・タービンの開発は時間がかかってしまいました。
国産の艦本式ギアード・タービンが初めて搭載されるのは大正13(1924)年、神風型駆逐艦の8番艦「朝凪」の竣工まで待たねばならなかったのであります。
神風型画像はこちら
神風型の活躍ぶりはこちら

神風型『朝凪』の竣工時

大正14(1925)年神風型『朝凪』の竣工時

これで軍艦の動力はオール国産化したったでぇ、と安心したのもつかの間でありました。

このあと、海軍はタービン翼折損と言う事故に悩まされ、最後には海軍次官を委員長とする調査委員会まで作って、さらにそこで大恥を晒してしまうことになるんでありますが、そのあたりの事情は項を改めてお送り致します。

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-帝國海軍, 燃料・動力
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