魚雷発射イラスト

水雷防御網を御存じでしょうか~忘れ去られた装備2

2016/07/09

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先ずは写真を

ご覧いただきましょう。
戦艦「安芸」です。

薩摩型戦艦安芸

薩摩型戦艦安芸

次は戦艦霧島

大正4年撮影の霧島

大正4年撮影の霧島

舷側の水線より少し上から『 / 』な感じで何本ものブームが取り付けられています。
これって何をするためか、このグループならご存知の方も多いかと存じます。

こんな形で使います。

艦名不詳、水雷防御網展張

艦名不詳、水雷防御網展張状態

残念なことに艦名が判りませんが、ブームの先に金属製のチェーンを広げてぶら下げています。

「防潜網」ではありません。防潜網は港湾などの出入り口に張って潜水艦を防ぐもの。
こっちは個艦に張って、魚雷の命中を防止するための網です。

これが「水雷防御網」です

魚雷防御網といっても同じことなんですが、第二次大戦までにはほとんど使われなくなってしまいましたので、「水雷」とクラシックに呼ぶ方がお似合いだと思います。

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ホワイトヘッドさんが魚型水雷を開発してから、魚雷は主力艦にとって悩みの種となってしまいました。
それまで、敵の同じ主力艦の巨弾だけを気にしていれば良かったのに、魚雷は虫けらほどの小型艦にも搭載出来て、その虫けらどもがこっそり忍び寄ってくるんですから。しかも魚雷を喰らえば一発轟沈の可能性が高いときています。

特に停泊中に罐の火を落している時など大変です。罐を焚いてフネを動かし始めるのは、かなり時間の要る事なんですから、動いて逃げることが出来ません。

そこで考えられたのが、この水雷防御網だったのです。

各国の主力艦に流行のように水雷防御網が装備されると、魚雷の方も頭部に鎖カッタ―を付けたものが出現します。
それに対して、防御網側はカッタ―を無効にするべく、網目の間に鉄板を仕込んだものが造られるようになりました。仕込み鉄板に対抗して魚雷側は現代の対戦車砲弾のような「タンデム・ヘッド」弾頭(魚雷の頭部も弾頭でいいんでしょうか?)を搭載して水雷防御網を爆破、それに対して・・・
何処でも何時でもお目にかかる、お馴染の展開が繰り広げられましたが、転機は思わぬところから訪れました。

張るのは大変、しまうのは・・・

次の画像は我が海軍ではなくて、英国ですが。作業は大変な重労働だったそうです。

装甲艦ホットスパーの水雷防御網展張

装甲艦ホットスパーの水雷防御網展張作業の様子

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出したら仕舞わなければいけません。

装甲艦ホットスパー、水雷防御網収容

装甲艦ホットスパー、水雷防御網収容作業

水雷防御網を出したら上陸休暇が出るかも知れませんから、まだ我慢できますが、収容作業はもっと大変!鉄製の網ですから重いし、巻き上げて錆止めもしなきゃいけないでしょう。
しかも重労働の後は出港しちゃいます。

汗まみれで疲れ切った水兵さんはお風呂に入るのもままならないのです。

後には艦の前後には水雷防御網は張らずに舷側だけにしましたが、作業量がそんなに減った訳でもありませんでした。

では、張りっぱなしで出港しちゃえば良いじゃないか?
これは水の抵抗がむちゃくちゃに増えて、全く駄目だったそうです。

苦労して巻き上げても、戦闘で被弾したりすると鉄の網がズルズルと海中にぶら下がり、艦のスクリューに巻きついたりするのも心配です。

金剛型にも

そんなこんなで水雷防御網は第二次大戦前にはもう使われなくなってしまいました。
金剛型だって、初めは付けてましたけど

T3 金剛 横須賀軍港

大正3年 金剛 横須賀軍港にて

改装したらとっちゃってます。

S12 金剛 大改装完了

昭和12 年、大改装が完了し高速戦艦となった金剛

魚雷の脅威が無くなった訳ではないのでしょうが、停泊中は襲われないって言う自信があったのでしょうか?
我が海軍で「停泊中に魚雷だけで沈められた戦艦」はありませんけど。

水兵さんの体力とやる気に配慮した結果だったんでしょうか?

使われなくなった頃、独逸国にこんな若きヒーローが誕生いたしました。(向かって左側)

21歳のギュンター・プリン

21歳のギュンター・プリン

シャルンホルストに迎えられるU-47

英艦隊根拠地、スカパ・フロー奇襲に成功して戦艦シャルンホルストに迎えられるギュンター・プリン艦長のU-47

 

忘れ去られた装備シリーズ1

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