大連の抑留者を乗せる信濃丸

信濃丸!

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今朝の読売に大変なニュースが載ってました。

大連抑留の写真発見」と言うモノですが、その中に、引揚げの人々を乗せる「信濃丸」の写真が!

私は信濃丸が大好きで何度か紹介させて頂いてますので、しつこいようですが…

信濃丸は太平洋航路(シアトル便)用として建造された貨客船(6400トン)で、1900年竣工しています。

皆さんご存じだと思いますが、日露戦争では仮装巡洋艦として使われて哨戒に当たり、
「敵艦隊見ユ」
の電文を送ったことで有名です。

信濃丸への感状(絵葉書)

信濃丸への感状(絵葉書)

この画像は東郷平八郎がその殊勲に対して出した感状を絵葉書にしたものです。

『感状

假装巡洋艦信濃丸

明治三十八年五月中敵艦隊ノ北上ニ對シ連日連夜哨戒勤務ニ服シ同月二十七日佛曉早クモ敵艦隊ヲ發見シ其確實迅速ナル警報ハ聯合艦隊ノ作戰ヲ利セシコト少ナカラス其功績大ナリトス仍テ茲ニ感状ヲ授與スルモノナリ

明治三十八年六月二十日
聯合艦隊司令長官東郷平八郎』

ところが、私以外に触れている人を見たことがありませんが「信濃丸」の働きはそれだけではないのです。

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皇国が希望を託して造らせていた大戦艦を、受け取るための水兵さんたちを乗せて英国まで行ったのです。

無事に持ち帰った「三笠」に危急を告げる役回りも立派に果たし、シアトル航路に復帰しましたが、やがて老朽化して大連航路に格下げ。

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やがて遠洋漁船として売り払われ、北方でソ連の監視船に追っかけまわされたりの苦労を重ねます。

「信濃丸」には戦争に引っ張り出される宿命がついて回るようで、大東亜戦争で太平洋に復帰を果たしますが、その頃にはもうボロボロの老朽船。

大連の抑留者を乗せる信濃丸

大連の抑留者を乗せる信濃丸

それでも兵員と物資を運び続け、敗戦の後は引揚げ船として使われ続けました。
そんなときの一枚でありましょう。

信濃丸に平穏なときが訪れるのは、1951年。
誕生から半世紀。
日本を支え続けたフネは、記念艦「三笠」近くの岸壁でひっそりと解体されてしまいました。

文章も練れてなくて、内容もない、取りとめない話ですみません。

どうも「信濃丸」と聞くと興奮してしまうようです。

 

 

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-帝國海軍, 政策・戦略・戦術
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