大艦巨砲主義イラスト

海軍工廠と造船所

2015/10/06

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支那や下朝鮮の安物攻勢に押されて、わが国の造船所はずいぶん数が減ってしまいました。

護衛艦を建造するノウハウ

施主の要求どおりの性能を、他の業者より安い価格で納期どおりに作り上げることは、社会においては当たり前のことです。
でも、それは並大抵のことでないのも事実です。

知識と経験の積み重ねに、確実な技術と未知な技術との融合が求められます。設備、施設と作業人員も整えなければなりません。

一般の商品ですらそうなのに、これが国を守るための武器となるとなおさらです。
武器は要求される性能が特殊であり、国家機密に属する機器を扱う必要もあり、そこらへんの会社が「ワシとこで造ったるわ!」と手を挙げられるようなものではありません。

ここでは、大東亜戦争の頃と比べながら、軍艦(現海軍は護衛艦・自衛艦とよんでいますが)を造った造船所を見てみましょう。

現代の艦艇を作っている造船所

三菱重工長崎造船所

民間造船所の代表格ですね。
戦闘艦艇の建造では三菱重工はIHIマリンユナイテッドと双璧といえるでしょう。

第二船台ガントリークレーン完成

昭和11年に完成した第二船台ガントリークレーン この下で戦艦武蔵が建造された


大和型の戦艦「武蔵」を建造したことは皆さんよくご存知でしょう。

戦前からの軍艦建造の聖地ともいえる存在です。

イージス護衛艦「あたご」

イージス護衛艦「あたご」

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現在でも、「あたご」型イージス護衛艦をはじめ、ミサイル護衛艦の建造の大半を受注しているほか、汎用護衛艦も多く建造しています。

三菱重工下関造船所

「はやぶさ」型ミサイル艇などの小型高速艇や、敷設艦「むろと」、海洋観測艦「にちなん」「ふたみ」などの特務艦艇を建造しました。

敷設艦「むろと」

敷設艦「むろと」(二代目) 対潜用の聴音ケーブルを敷設します。

三菱重工神戸造船所と川崎重工神戸造船所

経営する会社は違うんですが、お隣同士の造船所。
この2つで現在の日本の潜水艦建造を独占してますので、電脳大本営的には一緒にしてやりました。

三菱神戸は戦前も主に潜水艦建造がお仕事でした。

うんりゅう進水式

うんりゅう進水式

川崎神戸は戦前には巡洋戦艦「榛名」や空母「瑞鶴」「大鳳」等の大型水上艦も建造していたのでが、戦後はほぼ潜水艦ひとすじで生きてきました。

ジャパンマリンユナイテッド呉

2013年に『ユニバーサル造船(日立造船とNKKの造船部門が統合)』と『マリンユナイテッド(IHIの船舶部門と住友重機の艦艇部門が統合)』が合流してできた会社が「ジャパンマリンユナイテッド」です。
呉造船所では護衛艦の建造はなく、修理だけ。

「呉海軍工廠」の変身後の姿であり、戦前は海軍艦艇建造の中心でしたので再び軍艦を作って欲しいものです。

ジャパンマリンユナイテッド舞鶴

舞鶴海軍工廠(後述)の流れを汲む名門です。

補給艦「おうみ」

「ましゅう」型補給艦「おうみ」、「とわだ」型補給艦、輸送艦「くにさき」などの大型の支援艦艇のほか、「むらさめ」型護衛艦「いかづち」や「はつゆき」型「あさぎり」型の汎用護衛艦も建造しています。

三井造船玉野造船所

戦前からの名門で、水雷艇や海防艦、掃海艇、駆潜艇などの小型艦艇を多く経験しています。
電脳大本営的にはこの経験を大切にすべきなのですが…

現在ではちょっと趣きが違います。
輸送艦「おおすみ」「しもきた」。
掃海母艦「ぶんご」、潜水艦救難艦「ちはや」「ちよだ」。
極めつけは補給艦「ましゅう」(満載排水量なら「いずも型」よりでっかい25,000トン!)などの大型の支援艦艇を建造しています。

音響測定艦「ひびき」「はりま」のような特務艦艇を建造しているのは経験を活かしていると言えるでしょう。

佐世保重工

旧佐世保海軍工廠の施設の一部を引き継いだ会社で、経営不振から再建にあたって労使紛争が激化したことで有名ですね。
現在名村造船の子会社になっています。

「ゆら」型揚陸艦や小型艦の建造を行った実績があります。
現在は佐世保の海自艦艇や在日米海軍艦艇の整備等を主に行っています。

大東亜戦争終了まで

では、大日本帝国の艦船はどんな造船所で建造されていたのでしょうか?

現在では考えられない、国営の海軍造船所が沢山あります。

横須賀海軍工廠

明治初期に整備された主力艦の造船所で、多くの国産軍艦がここから生みだされました。
呉工廠が主力艦(戦艦や巡洋戦艦)の造船所として整備されると、巡洋艦や航空母艦に建造の重点を移していきました。
昭和期になると大和級でも入渠できる大型船渠が掘削されました。

主な建造艦は、巡洋戦艦(改装後戦艦)「比叡」、重巡洋艦「妙高」「高雄」「鈴谷」、軽巡洋艦「天龍」「能代」、航空母艦「鳳翔」「龍驤」「飛龍」「翔鶴」「雲龍」「信濃」と錚々たる艦艇が並びます。

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空母飛龍

空母飛龍

なお、戦後は米軍に接収され、主に米海軍が使用する整備施設(NRF)となりました。一部は海自も共同で使用しています。

米国本土以外ではただ1ヶ所、空母の造修が可能な施設なので、高い戦略的価値を持っています。

呉海軍工廠

呉工廠こそ、旧海軍の造船のメッカですね。
特に戦艦建造については指導的な立場にありました。

その証拠に、呉には他の工廠には存在しない「砲熕部」や「製鋼部」がありました。

呉造船廠は、明治22年に呉鎮守府の設置と同時に開設され明治36年に造兵廠と合併して海軍工廠となり敗戦まで存続しました。
明治38年に最初の国産戦艦の筑波型を建造して以来、主に戦艦や巡洋艦、潜水艦を作り続けました。

特にその造船船渠は東洋一の規模を誇るもので、戦艦大和もここで建造されたのです。

愛宕、乗組員による塗装作業中

愛宕、乗組員による塗装作業中

主な建造艦は、戦艦「扶桑」「長門」「大和」、重巡洋艦「那智」「愛宕」「最上」、軽巡洋艦「大淀」、航空母艦「赤城」「蒼龍」、水上機母艦「千歳」「千代田」「日進」。
そして巨大潜水艦伊400も呉海軍工廠の作品です。

戦後は曲折を経て石川島播磨重工呉造船所となりましたが、艦艇建造はありません。

佐世保海軍工廠

呉海軍工廠とほぼ同時の開設で歴史は長いのですが、規模はかなり小さく主力艦の建造はありません。

主な建造艦は軽巡洋艦「龍田」「球磨」「北上」「長良」「由良」「夕張」「阿賀野」「矢矧」「酒匂」、工作艦「明石」、駆逐艦多数、伊401、伊402などです。

工作艦明石

工作艦明石

米軍と海自が管理していますが、一部は佐世保重工が使用して輸送艇などを建造しています。

舞鶴海軍工廠

舞鶴鎮守府と同時に明治34年に舞鶴造船廠が設置され、まもなく舞鶴海軍工廠と改名しました。

舞鶴は日本海沿岸の中央に位置し大日本帝国の海防の要衝だったのですが、日本海が「天皇陛下のバスタブ」となると重要性が低下してしまいました。
軍縮の影響もあって一時は鎮守府が「要港部」に格下げされたのに伴い、工廠も「工作部」に格下げされるなど苦難の歴史をあゆみました。

「駆逐艦専門工廠」と呼ばれ、新型駆逐艦の一番艦は舞鶴で建造されるのが通例でした。(電脳大本営的には大好きです、こういうの!)

一番艦を建造したクラスは峰風型、吹雪型、陽炎型、夕雲型、秋月型、松型と多数に上り、加えて最速駆逐艦の2代目島風もここで生まれています。

吹雪竣工時

吹雪竣工時

駆逐艦はエンジンなど、開発した新機軸のテストベッドとされることも多いものです。
そのため舞鶴海軍工廠は新システムのノウハウを確立し、各地の造船所を指導・後援する立場にあったのです。

工作部

要港などに設置された、工廠よりも小規模の造修施設を工作部と言いました。
基本的に新しく建艦する能力はありません(格下げされていた時期の舞鶴は別)が大湊の工作部には巡洋艦でも入渠できるほどのドックがあり、北方の整備拠点となっていました。

大湊工作部 : 青森県むつ市、高雄工作部: 台湾・高雄市、鎮海工作部:下朝鮮・鎮海市

特設工作部

さらに支那事変の勃発以降は、現地に特設工作部が設置されました。
工作艦(特設工作艦をふくむ)を派遣し、あわせて現地設備などを利用して艦艇の整備を行いました。

特設工作部は番号でよばれましたが、大東亜戦争開戦後の南方占領地の工作部は100番台の番号になっています。

第1工作部 :支那・上海、第2工作部 : 支那・香港、第4工作部 : トラック諸島、第8工作部 : ラバウル、第30工作部 : パラオ。
以下が南方
第101工作部 :シンガポール、第102工作部 : インドネシア・スラバヤ、第103工作部 :フィリピン・マニラ、第104工作部 : トラック諸島

最後の第104工作部と第4工作部の違いがちょっと判りません。戦争中に名称変更されたのかも?
第101工作部には一時期、福井静雄氏が勤務してましたね。

海軍としての造艦能力は必要ないのか?

はじめに申し上げたように、軍艦の建造には特別なノウハウが必要です。

特に潜水艦など、新規開発から製造する能力となると世界的に見ても日米英独露くらいしかありません。

しかも、この能力は開発製造を続けないと維持することが出来ないものです。防諜にも気を使わなければなりません。

この国防にとって何物にも代えがたい能力を、民間会社に任せておいて良いモノなんでしょうか?

戦前のごとく建造までは出来なくても、整備能力を持った「研究造船所」のようなものは必要ないんでしょうか。
現在、防衛省は「技術研究本部」を持ち、そこの艦艇装備研究所でさまざまな技術研究を行っていますが、実際に建艦できる規模にはとても足りていません。

艦艇だけと言わず、陸自・空自との合同でも良いんですけどね。
実際に武器を製造できる規模の工場での研究が必要だと思うのです。

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