オランダ軽巡デ・ロイテル

軍艦の名前について考えてみました

2017/07/15

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大日本帝国の「戦艦」は旧国名をその艦名としていました。現海軍もその伝統を引き継ぎ、全通甲板タイプのヘリ搭載護衛艦の艦名を旧国名としています。でもね、「大和」「武蔵」は永久欠番でお願いしたいものです。

なんでフネだけ?

今回は軍艦の名前について書きたいのですが、電脳大本営的には乗り物のうち、フネにだけ名前があるのは何故かを解明しないと先に進めません。

船には名前があります。

たとえば、1492年にコロンブスが乗っていたのは「サンタマリア」ですし、1860年に勝海舟が「軍艦操練所教授方頭取」として乗り組んでいたのは「咸臨丸」、1912年に処女航海に出て氷山に衝突したのは「タイタニック」などなど。

咸臨丸

咸臨丸

これらは、フネ一隻ずつに付けられた名前であることに異論はないでしょう。なんで異論は、なんていうかと申しますと、この「フネの名前」は「零戦」とか「隼」とか「10式戦車」とか「プリウス」「スカイライン」などと言う名前とは明らかに違いますよね。

日本海軍の軍艦には、基本設計が同じであっても「大和」「武蔵」と別々の名前が付いていました。

名前があるのは船だけ

いろいろな兵器でも、このような形で名前が付けられているのは軍艦だけです。例えば駆逐艦「睦月」級なら同型艦が12隻ありますが、「睦月」「如月」「弥生」…とちゃんと12個の名前が付けられています。

T15卯月全力公試

睦月型駆逐艦「卯月」の全力公試(大正15年)

それに対して、10式戦車1両ずつに別々の名前が付けられるなんて想像も出来ませんよね。

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なぜ、船にだけ「名前」があるのでしょうか?不思議じゃないですか。

船舶法の第七条にはこんな規定があります。

日本船舶ハ法令ノ定ムル所ニ従ヒ日本ノ国旗ヲ掲ケ且其名称、船籍港、番号、総トン数、喫水ノ尺度其他ノ事項ヲ標示スルコトヲ要ス

しかしねぇ、法的に名前を付けなきゃいけないから、ではちょっとなんだかなぁ。

フネに名前が付いてるのは判りますが、他の乗り物(兵器から少し視野を広げて)では名前が付いてないんでしょうか?

例えばクルマだと「プリウス」とか「スカイライン」とかの例を出しましたよね。でも、プリウスだったら貴方が乗っているのも、私が乗っているのも「プリウス」でしょ?中にはご自分の愛車に「プリ子」とか愛称を付けてる人もおられるかもしれませんけどね(笑)

樺太鉄道・C60型蒸気機関車、避難の主役

C60型蒸気機関車(樺太鉄道の車両です)

 

鉄道だって同じこと。蒸気機関車には「D51」やら「C12」なんて名前がありますが、これは形式名。機関車の一台一台に、言語的な名前はありません。D51なんて最盛期には何百輌あった事やら。ただし、形式名の後ろには個体番号もついてますけどね。これはあくまでも番号であって、名前ではありません。

列車のなかには、「愛称」が付いたものもあります。「のぞみ」やら「カシオペア」やら、後ろに番号が付いてますが、これは「機能」に付けられた名前であって、今日の「のぞみ1号」の車体が明日も「のぞみ1号」として東京駅に入線してくる訳ではありません。

ある特定の列車に付く愛称もある、ってご意見も聞こえてきます。「スペーシア」とか「ロマンスカー」とか私の大好きな「パノラマカー」(ミャーミャー族地域を走ってるってだけの理由です)とか。

ですがこれも形式についた名称でして、セントレア(中部国際空港)に初めて行ったときに乗った「パノラマカー」と岐阜城に行くのに乗った「パノラマカー」は違う車輌ですよ、たぶん。
これに対して、芥川龍之介が体験航海で乗せてもらったのは軍艦「金剛」で、大正元年に大き過ぎてスエズ通過を諦めたのも、我が戦艦として唯一潜水艦の魚雷のみで沈められちゃったのも同じ「金剛」なのです。

大正2年日本への廻航を待つ金剛

大正2年日本への廻航を待つ「金剛」
遠方は建造された船渠で、母と別れを惜しんでいるように見えます

 

乗り物の中でフネにだけ名前があるって言うのはそういう意味なんであります。

昔、飛行機にも名前があった

1903年にライト兄弟が初飛行に成功した機体は「ライトフライヤー」って名前がついてました。1927年にリンドバーグを乗せて大西洋を横断したのは「スピリット・オブ・セントルイス」。あれっ?飛行機には名前付いとるがな(笑)
軍用機については名前があったとは言い難いんですけどね(と言うことにしておくこと。じゃないとヤナもの思いだしちまうじゃないか)、ともかく飛行機には名前を付ける習慣があったようです。第二次大戦の後でさえ飛行機に名前を付けています。

スピリット・オブ・セントルイスとリンドバーグ

スピリット・オブ・セントルイスとリンドバーグ

 

丸善出版の『交通の百科事典』によりますと、『かつて日本航空では、保有する機体それぞれに愛称を付与していた。727型機は河川名、DC-8型機は観光地であった。』そうです。
1970年に赤軍派にハイジャックされ、北朝鮮の平壌空港に向かった日航機は「よど号」でしたね。

ただ、この慣習は長く続くことはありませんでした。いまは宇宙船に名前が付けられていますけどね。「エンデバー」だとか「はやぶさ」だとか。ほら、やっぱり”フネ”じゃん(笑)

バハマ上空のスペースシャトル

バハマ上空のスペースシャトル

 

さて、各国の海軍にはその国なりの「軍艦の名付け方」みたいな法則があったりなかったりして面白いんですが。その前に見ておかなければいけない決まり事があります。

前に付いてる符号

それは軍艦に付けられるprefix (頭語) です。それぞれの艦名の前に付いてる、その国なりの決まり文句みたいなヤツです。

例えば「USS Iwo・Jima(イオー・ジマ)」の”USS"みたいに。
これは自国語に由来しない艦名をつける事が多い国(すなわち侵略性向の強い国?)に良く見られるような気がします(笑)。アメリカ海軍の”USS”はUnited States Shipで、”USS”を付けてないと正式名称ではありません。

強襲揚陸艦イオージマ

強襲揚陸艦「USSイオージマ」

 

一方、イギリス海軍の軍艦に付けられる”HMS”はHis(Her)Majesty's Shipです。
フランス海軍では”FS”(French Ship、「FNS」=French Navy Shipもあり)、中華民国(台湾)海軍は”ROCS”(Republic Of China Ship) を付けますし、パクリが本業の捏造ファンタジー歴史国家の海軍も”ROKS”(The Republic Of Korea Navy Ship) を付けた物が正式名称です。

昭和35年、蒋介石と根本中将再会

蒋介石と根本中将(昭和35年)

 

日本海軍やドイツ海軍にはこのような決まりが無くて、スッキリしています。もっとも、海上自衛隊では外国語での名称に「JDS」(Japan Defense Ship) や「JS」を付けますが、本来の日本語では付けません。生意気にも、支那人民抑圧軍の水軍もprefixを付けません。

さてさて、艦艇の命名については各国の特徴や性格が強く出ます。日本のように艦種毎に命名基準が決まっている国もあれば、イギリスのように適当融通無碍に決めている国もあります。

アメリカ合衆国の場合

アメリカは太平洋をはさんで対峙するライバルと同じく、艦種ごとに命名基準が決まっていました。

アイオワ

戦艦「アイオワ」

戦艦は州の名前です。「ミズーリ」「アイオワ」など。巡洋艦だと都市の名前で「ボルチモア」「インディアナポリス」など。
正規空母だと古戦場の地名と独立戦争時の殊勲艦の名前。「ヨークタウン」「バンカー・ヒル」。護衛空母は湾名・海峡名・島名(後に戦場名)「コメンスメント・ベイ」「コレヒドール」「セント・ロー」。

昭和17年7月4日、傾くヨークタウン

昭和17年7月4日(インデペンデンス・デイじゃ)、傾くヨークタウン

 

駆逐艦になると人名で、海軍の将官や艦長が中心ですが、海軍パイロットや(「マクラスキー」等)、海兵隊の将兵(「ニコラス」「オバノン」等)も付けられます。「フレッチャー」「ブラウンソン」など。
潜水艦はマンマ水棲生物の名前「ブラックフィッシュ」「ブルーバック」

って言う感じで大東亜戦争が終わりますと、原子力推進艦なる新種が現れてまいります。
戦略原潜は人名が基本で「ジョージ・ワシントン」から始まって「ジェームス・マジソン」「ベンジャミン・フランクリン」などでしたが、「オハイオ」以降は戦艦に代って州名になったようです。
攻撃型原潜は一番艦「ノーチラス」が水棲生物でしたが、「ロサンゼルス級」は都市名(かつての巡洋艦名)、「バージニア級」では戦艦用の州名になっています。

建造中のヴァージニア級原潜

建造中のバージニア級原潜

原子力空母は「ニミッツ」「ジョージ・ワシントン」「ロナルド・レーガン」と大統領経験者や大物軍人の人名。

うーん、結構ええ加減に付けとるな。

大英帝国の場合

海軍の本家で大日本帝国海軍の師匠、大英帝国海軍の場合、艦船の命名原則は「無い」と言うのが正解でしょう。
ただ王族・軍人・政治家・神話などの人名、戦勝地の地名、建造物の名前、勇壮な意味を持つ(ように思える)単語、などから付けられるみたいです。
国王の代替わり前後には、進水する艦に新国王の名前をつける慣習がありました。「キング・ジョージV世」などですね。

デューク・オブ・ヨーク(キングジョージ5世級)

戦艦「デューク・オブ・ヨーク」(キングジョージ5世級)

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同型艦には同種の名前を付ける癖がありまして、その型の級名になったりします。花の名前を付けたフラワー級コルベット「リナリア」「スノーベリー」など。川の名前のリバー級フリゲート、世界の種族の名前「ズールー」「コサック」などが付いたトライバル級駆逐艦。どの級も一番艦が「フラワー」「リバー」「トライバル」って名前ではありません。

また同型艦の頭文字を同じにする傾向もあり、「R級戦艦」「C級巡洋艦」などが有名。1920年代のC級軽巡洋艦なんか30隻越えてますからね。「カロライン」「シアリーズ」「カンブリアン」「セントー」…良く単語があるものです。

ドイツの場合

第二次大戦の盟邦ドイツは誰もがご存じ陸軍強国なんですが、第一次大戦のころは大英帝国に次ぐ世界第二位の海軍大国でもありました。まあ、ちょっと精神的にはナニな「海軍大国」なんですけどね。

アドミラル・ヒッパ―艦首更新前

アドミラル・ヒッパ―(新造時)

 

そんなわけで、ドイツは軍艦に地名(州・都市)の他に人名を付けるんですけど、これが陸軍の軍人が多かったんですね(笑)「フォン・デア・タン」や「モルトケ」なんて名将も大西洋や北海が戦場では勝手が違うわなあ。

第二次大戦では「アドミラル・シェーア(ユトランド大海戦の司令官)」「アドミラル・ヒッパー(シェーアの後任でスカパ・フロー自沈の指揮官)」など海軍軍人も元ネタになり、戦後は「ロンメル」やら「メルダース」たちが起用されています。

ミサイル駆逐艦「ロンメル」(退役済み)

ミサイル駆逐艦「ロンメル」(退役済み)

大日本帝国

皆さん良くご存じの艦種別の命名法は明治38年に定められたものですから、日本海海戦を勝ち抜いてくれた艦艇たちはちょっと違う基準だったんです。

でも面倒なんで、またの機会にしてココでは大東亜戦争に参加した艨艟たちのネーミングを確認しておきましょう。
戦艦:旧国名、一等巡洋艦:山岳名(巡洋戦艦はここに含まれる)、二等巡洋艦:河川名、練習巡洋艦:神社の名前、一等駆逐艦:天象・気象・海洋・季節の呼び名や関連する名称、二等駆逐艦:植物名。
ここまではマニアの方じゃなくてもご存じでしょう。

1935友鶴性能改善後

水雷艇「友鶴」

 

水雷艇:鳥の名前、海防艦:島名、砲艦:名所旧跡の名前、潜水母艦:鯨が末尾に付く名前、特務艦:海峡・水道・港湾などの名前などと定められていました。
大日本帝国海軍の場合、諸列強と違うのは戦没を含めて沈んじゃったフネの名前は引き継が無かった、と言うことでしょうか?例えば、旅順港外で触雷して沈没した戦艦「八島」は二代目がありません。

戦艦八島

戦艦八島

とは言っても、「愛宕」は跡継ぎがあったり(艦種は砲艦→重巡)するんで、これはちょっとええ加減なところもありますね。

現海軍(海上自衛隊と仮称)では、全通甲板型のヘリコプター搭載駆逐艦が旧海軍の戦艦扱いで旧国名「ひゅうが」「いせ」「いずも」「かが」。イージスシステム搭載艦が一等巡洋艦(重巡)扱いの山岳名「こんごう」「みょうこう」「あたご」「あしがら」。
汎用護衛艦は天象・気象。「はるかぜ」「ゆきかぜ」「あきづき」
潜水艦は海象・水中動物・瑞祥動物「くろしお」「おやしお」「そうりゅう」「せきりゅう」あれっ?水中動物の名前なんかないじゃん。

こんごう

護衛艦「こんごう」

 

その他掃海艦/掃海艇は島名、掃海母艦は海峡名、輸送艦は半島名、練習艦は神社名など、概ね大日本帝国海軍の善き伝統を引き継いでいます。
戦没艦の名前を引き継がない点はもうアッサリと破ってますけどね、これは大東亜戦争で沈みすぎちゃった反動なんでしょう。

人名や都市の名前は付けません。これは明治天皇が「沈んだら気ぃ悪いやん」とお気遣い下さったから、と言われています。それでなくても今はひらがな表記ですから、「戦艦やまもといそろく」とか「空母おざわじさぶろう」では間が抜けていけませんわな。

大東亜戦開戦時の聨合艦隊司令長官、山本五十六。 隣の女性は愛人

これ、艦名にしたらアカンでしょ?彼は官僚としては有能でしたが。
隣の女性は愛人

もう少し戦の上手な人でも「やまぐちたもん」「きむらまさとみ」「かくたかくじ」う~ん、強く無さそうです。

艦名は変わる

ここまで軍艦の名前ばっかり見てきましたが、最後に一生の間に名前がどんどん変わっていく軍艦のお話をしておきましょう。

紹介申し上げるのはペルー海軍の巡洋艦「アルミランテ・グラウ」(たぶん2017年現在も現役)でありまして、特に長生きな事もあってヘンなことになっています。

ペルー巡洋艦アルミランテ・グラウ

ペルー巡洋艦「アルミランテ・グラウ」

 

「アルミランテ・グラウ」は元々「デ・ゼーヴェン・プロヴィンシェン」と言う名前を予定して1939年に起工されたオランダの巡洋艦です。

オランダは本国はちいせえ癖に広大な植民地を持っていましたので、その植民地を警備するために企画されたのです。一万トン、15.2cm速射砲10門、32ノットと大海軍国の巡洋艦に負けない設計でありました。

建造途中の1940年にドイツの侵攻を受け、建造中の「デ・ゼーヴェン・プロヴィンシェン」はドイツ軍に接収されてしまいます。ドイツ海軍は「デ・ゼーヴェン・プロヴィンシェン」を練習艦として使おうとテキトーにゆっくりと工事を続けました。
そんなとき第二次大戦は東洋にも飛び火し、東洋の植民地「蘭印」を守っていたオランダ東洋艦隊の旗艦「デ・ロイテル」が撃沈されてしまいます。

オランダ軽巡デ・ロイテル

オランダ軽巡「デ・ロイテル」

これを受けて、「デ・ゼーヴェン・プロヴィンシェン」は「デ・ロイテル」と艦名が変更され、2番艦に「デ・ゼーヴェン・プロヴィンシェン」の名前が受け継がれました。

そうこうするうちに戦争は終わり、「デ・ロイテル」と「デ・ゼーヴェン・プロヴィンシェン」の姉妹は大幅に設計を変更して1953年、就役したのでした。
就役後、時代の流れに押されて2番艦「デ・ゼーヴェン・プロヴィンシェン」はミサイル巡洋艦へと改装されました。後部主砲塔を撤去して対空ミサイルの連装発射機を搭載したのです。

やがて1973年、南米でにわかに海軍軍拡競争が起こります。チリがスウェーデン海軍から巡洋艦「イエータ・レヨン」を購入してペルーを威圧したのです。ペルーは早速対抗できそうな軍艦を探し、オランダの「デ・ロイテル」姉妹に目を付けたのでした。

トレ・クロノール級軽巡

「イエータ・レヨン」同型のトレ・クロノール級軽巡

1番艦「デ・ロイテル」は1973年に、2番艦「デ・ゼーヴェン・プロヴィンシェン」は1976年にそれぞれペルーに売却されることになり、それぞれ「ペルー名」に代りました。「デ・ロイテル」は「アルミランテ・グラウ」に、「デ・ゼーヴェン・プロヴィンシェン」は「アギーレ」と名乗りを変えてペルー海軍の主力となったのです。特に「アルミランテ・グラウ」はペルー艦隊の旗艦を務めることになりました。

ペルー巡洋艦アルミランテ・グラウ2

ペルー艦隊旗艦「アルミランテ・グラウ」

 

ここまでで十分にややこしいのですが、「アルミランテ・グラウ」は1985年から1988年までアムステルダムで近代化改装を施されることになりました。
長期にわたって旗艦が抜けることになったペルー艦隊は、2番艦の「アギーレ」を「アルミランテ・グラウ」に改名させて旗艦としたのです。

ペルー巡洋艦アルミランテ・グラウ

ペルー巡洋艦アルミランテ・グラウ

 

1988年2月15日、改装の終った『旧デ・ロイテル(計画時名称「デ・ゼーヴェン・プロヴィンシェン」)』はペルー海軍に復帰し、「現アルミランテ・グラウ(元「アギーレ」、オランダ海軍時代の「デ・ゼーヴェン・プロヴィンシェン」)から艦名を返して貰い、再び「アルミランテ・グラウ」となってペルー海軍旗艦となったのでありました。

姉「アルミランテ・グラウ」の留守を預かっていた妹「アルミランテ・グラウ」は「アギーレ」に戻ったのでした。
ここまで、必要以上にややこしく説明してみました(笑)でも史実です。悪いのはペルーとオランダで、電脳大本営ではありません。

2番艦「アギーレ」(ピンチヒッターの旗艦を務めた方)は1999年に退役しましたが、「アルミランテ・グラウ」の方は2016年現在でまだ現役です。

「巡洋艦」と類別される軍艦は、今や世界でも米露海軍以外ではこの「アルミランテ・グラウ」だけ、つまり世界で唯一。しかも、第二次大戦終了前に起工された現役軍艦では世界最大。もっと注目されても良いかも知れませんね。

世界で唯一、世界最大ともにずいぶんな条件付きですけどね(笑)

以上、電脳大本営的「軍艦の名前考」でありました。この企画、たぶんまたやります。

世界の長生き艦

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