95式水偵が5500トン軽巡から射出される。

九五式水上偵察機~ドイツ仮装巡洋艦にも搭載された名機~

2015/10/06

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前回、無線操縦機の実験ベースとして紹介させていただいた「94式水上偵察機」は、3座の遠距離偵察機でしたが、今回は「短距離偵察」用の95式水上偵察機です。

偵察機の近代化

昭和8年、それまで使っていた九〇式水上偵察機(輸入した米国機の改装型)が古くなってきた大日本帝国海軍は近代化策をとりました。
八試水上偵察機の開発と試作を中島飛行機、川西航空機、愛知航空機の3社に対して指示したのです。

95式水偵

95式水上偵察機

川西は当時としては斬新な単葉機で、愛知は複葉機でしたが斬新な設計で試作機を作ってきました。

それに対して中島は九〇式二号水上偵察機をベースにして各部をシェイプアップした、いわば堅実路線。
複葉・木金混合の骨組みに羽布張りの構造は九〇式水上偵察機と同じ。
それでいながら主翼や胴体を空力的に洗練した機体を作り上げました。

妙高カタパルト上で発進準備中の95式水偵

重巡妙高のカタパルトで発進準備中の95式水偵

特に上翼を見ていただくと、なんと後退角が付いています。
何の役に立つのか判りませんが、なんかカッコ良いではありませんか。

95式水偵が5500トン軽巡から射出される。

5500トン軽巡(艦名不詳)から射出される95式水偵。 吹流しで風向きに注意

試作機は九〇式水上偵察機に比べて、速度・上昇性能の他、操縦安定性などで著しい性能向上を見せました。
川西・愛知との比較審査でも運動性・安定性で勝っており、昭和10年9月に九五式水上偵察機として制式採用されました。

全長: 8.81 m、全高: 3.84 m、翼幅: 10.98 m
乗員2名、寿2型(空冷星型9気筒レシプロ)エンジン(630 hp) × 1

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最大速度: 299 km/h、固定武装: 7.7mm機銃×2、爆弾: 30kg爆弾×2

九五式水上偵察機の活躍

九五式水上偵察機の運動性能に対する評価は高く、九六式艦上戦闘機にも匹敵すると言われていました。
日支戦争では偵察以外に哨戒や爆撃任務をこなし、戦闘機代用として制空任務に出撃もしています。

敵戦闘機とドッグファイトで勝利した記録もあるようです。

この活躍は大日本帝国海軍に二式水戦や強風など、「水上戦闘機」の開発を決意させる事になりますが、そこには他の事情もありましたので別のお話といたしましょう。

大東亜戦争でも相当数が使用されていましたが、後継の零式観測機が配備されると第一線部隊から退き、哨戒機や練習機として敗戦まで使用されました。
昭和15年まで生産が続けられ、総生産数は750機ほど、敗戦まで残存したのは50機で、特攻で使用された機もあったようです。

日本海軍以外でも2カ国に輸出され、艦載機として運用されています。

九五式水上偵察機の活躍は海外でも

えっ、2カ国?と思った方も多いのではないでしょうか?
戦前の日本の兵器がタイ王国に輸出されていたことは、かなりの方がご存知でしょうから。

まずはタイからご覧いただきましょう。
といっても、飛行機の画像は無いんです。

搭載していた「フネ」を見ていただこうかな、と。

メコンの艦首ハヌマーン像

メコンの艦首ハヌマーン像

タイ海軍の練習・多目的艦「メコン」、現在は陸に上がって保管されておりまして、博物館として使われています。

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メコンの模型

メコンの模型
九五水偵をデリックで吊っている

昭和11年7月24日、横須賀の浦賀ドックにて進水。
タイ海軍への引き渡しは翌12年9月26日。
退役したのはなんと1995年。なんとも大切に使われ続けた、大日本帝国製の軍艦です。

排水量:1400トン
12cm/45口径単装砲 4基
20mm機関砲x2
連装45cm魚雷発射管 2門
水上機1機

メコンの右舷側から艦首を見る

メコンの右舷側から艦首を見る
艦首近くの舷側のシアが日本の軍艦っぽくて良い

零観なども使われたようですが、この九五式もメコンに搭載され、仏領インドシナとの戦闘に出たり、大東亜戦争中に米軍機を襲撃したり(これは実は機種不明、沢渡のけっこう自信のある推測)しています。

タイでも「運動性は抜群じゃん!」って評価してもらってたんでしょうか?
そのあたりははっきりしません。

ドイツの仮装巡洋艦に

もう一カ国の方は、自国でも水上機の生産を行っていた国、独逸なんです。

九五式の評価は非常に高く、「ナカイーマ」(ドイツ語だとこんな発音になると思います/訂正希望)と呼んで大事に使ってくれたようです。

アドミラル・ヒッパー搭載のAr196

アドミラル・ヒッパー搭載のAr196

独逸巡洋艦はプリンツ・オイゲンケーニヒス・ブルクを記事にさせていただきましたが、今回は専門の巡洋艦ではなくて「仮装巡洋艦」です。
仮装巡洋艦「オリオン」の勇気溢れる冒険物語をどうぞ、と言いたいところですが日本語で読める文献にはほとんど出てきません。

仕方ないのでWikiから

オリオン (Orion) は、第二次世界大戦で通商破壊戦を遂行したドイツの仮装巡洋艦。1930/31年に竣工した貨物船「Kurmark」を改装して1939年12月9日に就役。「オリオン」は最初に仮装巡洋艦に改造された商船の1隻である。通商破壊船1号 (Handelstörkreuzer 1) と名づけられて、1940年4月6日ドイツを出発し中立国の船を装いホーン岬を回って太平洋に入った。英海軍は同船を Raider-A (襲撃艦 A)とマークして探索した。「オリオン」はオークランド港沖に機雷原を設置し、ナウル沖で仮装巡洋艦「コメート」と共に数隻の敵船を沈めた。1941年8月23日ボルドーに帰還した。この間7隻の商船を沈めた。

ドイツ本国から大西洋を横断、ホーン岬(南アメリカ最南端)周りで太平洋へ出て暴れるコースですね。

武器輸出を

ところが、オリオンは偵察用にアラドAr196を積んでたんですが、「インド洋で」酷使されて故障。
そこで寄港した日本で九五式水偵を購入した、と言う説明もあり、これだと辻褄が合わなくなってしまいます。

95式水偵、ドイツ仮想巡洋艦に搭載される

ドイツ仮想巡洋艦に搭載される95式水偵

でも写真に見られるように、ドイツの仮装巡洋艦に搭載されたのは事実(画像では偽装のために蛇の目マークを入れていますが、ロイヤルネービーに売り払ったわけではありません)です。

艦名が違うのか、Wikiの記載(沢渡はコレを疑っております)が違うのか?

ドイツの仮装巡洋艦(貨物船も)は、大西洋上でUボートに物資を補給しながらインド洋へ回り、南方資源地帯で原油を積み込み、南シナ海を経て日本へ、と言うコースを取るのが普通です。

ともあれ、本国に帰ったオリオンは砲術練習艦となり、ナチス崩壊も迫った昭和20年1月に現役復帰。
東プロイセンからの国民脱出作戦に従事しましたが、5月4日に撃沈されてしまいました。

この時に九五式水上偵察機が載っていたのかどうか、確かめる手立てを思いつきません。

この九五式水上偵察機、プラモデルが出るようですね。

さてさて、戦前から小規模ながらやっていた「武器輸出」。
どんどんやるべきだと思いませんか?

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