佳子さま

二つの義手を持つ男~国のために死ぬのは良いことだ~

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「ユダヤ陰謀論」というものが昔からあります。
ユダヤに限らず、陰謀が陰謀論として語られてる時点で、すでに眉唾モンってことは電脳大本営をお読みくださる賢明な皆さまには申し上げるまでもないことでしょう。

陰謀論に直接反撃してもねぇ

ただ、どんな主張であれ主張することは自由ですし、一々あげ足取りみたいに陰謀論の矛盾点や根拠の誤りを指摘していくのも大人げないし、それをしたところで「陰謀論を広めよう」と言う方が理解しようと努めてくれるとも思えません。

そこでクリスマスでもありますし、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の3宗教も考えながら「ユダヤ人の正体」を暴いてやろう、と言う企画であります。

後半は電脳大本営らしく、「国」に殉じた人のお話になります。
わが国では殆ど知られていない人ですが、沢渡が最も尊敬する人物の一人でありますので、是非、後半部だけでもお読みいただけると幸いです。

3宗教の違い

ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の3宗教は「聖典」の「旧約聖書」を共有しています。
「旧約聖書」はもともとユダヤ教の基本経典でした。

これを改革したのが「キリスト教」で、第2の聖典として「新約聖書」を加えます。
4つの福音書(イエス・キリストの言葉が書いてある)を骨格にして、紀元2~3世紀頃までに成立した神様との新しい契約ですね。

何よりも「完全一神教」に「神の子」やら「聖霊」やら持ち込んだのが大変化でしょう。
これにカチンときた旧来のユダヤ教徒がキリストを殺しちゃいます(ちょっと時間軸がずれてますが、説明を簡単にするための方便としてご容赦ください)。
これが、キリスト教徒が作り出したヨーロッパ世界でユダヤ人がたびたび迫害を受ける一番奥にある原因だと思われます。

イスラム教は2つの聖書に加えて「預言者」ムハンマドが神から告げられた聖典「コーラン」を最も重視します。
でもイエス・キリストはイスラム教徒にとっても、神の使わされた預言者の1人で尊重されるべき人でした。

ユダヤ人、放浪へ

神サマから契約でもらった土地(前に住んでた人達は頃しちゃって桶!と神サマが言ったんですよ)で一旦は王国を築いて繁栄したユダヤ人でしたが、キリストの「宗教改革」当時はローマ帝国の占領下。

キリストを殺して50年くらいたって、ユダヤ人たちはローマ帝国に独立戦争を仕掛け、ケチョンケチョンにやられちゃいました。
ローマ帝国は支配するといっても、大変寛大なのですが、さすがに反乱者には厳しい。ローマ帝国はユダヤ人たちをイスラエルの土地から追放してしまいました。

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以降、今のイスラエルが建国されるまでユダヤ人は「国を持たぬ民族」として世界中をさまようことになります。

こういう「土地を追われた民族」はユダヤ人だけじゃありません。
しかしそんな人達は、行った先で現地の人たちと結婚したりして同化していきます。

ところがユダヤ人たちは違いました。
自分達の信仰を守り、アイデンティティを持ち続けていたのです。

大昔のユダヤ人の人口はわかりませんが、現代では全世界で約1300万人。
わが国のおよそ1割、東京の人口ほどしかいないのです。

ユダヤ人の人口の推移

ユダヤ人の人口の推移

世界を裏で支配してる民族が、「ホロコーストによる人口激減」を70年掛かって未だに回復できない?
しかもその間、二千年来持つことがなかった「母国」をついに持つ事が出来たのに?

反撃しないって言ったのに反論しちゃいましたね。
ここから「後半」に移ることにいたします。

日露戦争

話の舞台は日露戦争の時代です。

上のグラフでも見て取れるように、ロシアにもユダヤ人はたくさん暮らしていました。
当時では世界最大のユダヤ人コミュニティですね。
巨大な多民族帝国「ロシア」を構成する一民族ともいえます。

母国ロシアが、極東のちっぽけな島帝国と戦争になると、当然兵士としてロシアのために戦います。
ここでの主人公「ヨセフ・トルンペルドール」もそんなロシア兵の一人でした。

トルンペルドールは多少のお金もある家庭で育ち、教養もあったので医者を目指したのですが、ユダヤ人は差別されて医者になることは出来ませんでした。
不思議に歯医者はOKなので、従軍するまでトルンペルドールは歯医者だったのです。

志願したトルンペルドールは旅順防衛軍に配属され、さらに自ら望んで最前線で戦うことになりました。

すべて、ロシア帝国内でユダヤ人の地位を向上させるためです。
自分がロシア帝国のために勇敢に戦うことで、ユダヤ人の地位を向上させたい、との思いがトルンペルドールを最前線へ駆り立てていたのです。

恐れを知らぬように戦うトルンペルドールは、精悍な日本軍の攻撃で片手を吹き飛ばされてしまいました。
流石に昏倒して後送されたのですが、カラダが動くようになると無理やり最前線へ。
残された片手でピストルを握り、旅順要塞の陥落まで戦い抜きました。

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捕虜収容所

旅順が開城するとトルンペルドールも日本で捕虜となりました。
わが国がロシア捕虜を厚遇したことは良く知られていますが、900人ほどのユダヤ人捕虜に対しても十分以上に対応していました。

一般のロシア兵とは隔離して収容し、宗教上の慣習をきちんと尊重したのです。
一方のトルンペルドールは「片腕のヒーロー」としてロシア兵の中で一目置かれる存在でした。

しかもトルンペルドールには、医者になってもおかしくない教養がありました。
ロシア兵には無学文盲の人が多かったので、捕虜収容所内で教育をしたのです。

ユダヤ人としての慣習やお祭りも収容所内で続けたのですが、戦勝国の日本は進んで協力してくれました。

このような経緯は我が明治大帝のお耳にも達していました。明治帝はトルンペルドールが片腕となってしまったことをお憐みとなり、トルンペルドールに義手を賜ったのです。

ヨセフ・トルンペルドール

ヨセフ・トルンペルドール

ユダヤ人に国家意識はあったのか?

トルンペルドールが日本で捕虜生活を送っている頃、すなわち20世紀の初頭にユダヤ人たちは「自分達だけの国」を持ちたい、作ろうという気持ちはあったのでしょうか?

私は大いに疑問だ、と思います。
「あの辺(今、イスラエルがある所)にユダヤ人の国を作ろう」と言う考え方を「シオニズム」と言います(決して怪しげな陰謀を巡らす団体ではありません)が、どうもトルンペルドール以前には大きな動きではなかったように思うのです。

もちろん、ちがう考え方もあるでしょう。
私は日本人ですから、どうしても「日本にいた人」を中心に考えてしまいますからね。

それでもトルンペルドールが日本で厚遇されて、天皇陛下から義手まで賜り「国っていいなあ」と思い、「俺たちユダヤ人も国を作ろう」と思ったことは間違いありません。

トルンペルドールは捕虜収容所の中で(たぶん)世界初のシオニズムの組織を作ったのでした。

ロシアで

ポーツマス条約の締結によってトルンペルドールはロシアに送還されます。
ロシアでも、トルンペルドールは英雄でした。
片手を吹き飛ばされてもピストルを握って敢闘したことは皇帝にも知らされており、ロシア皇帝もまたこれを賞賛して義手を送ったのです。

トルンペルドールは海と陸との2大帝国の帝王に目を掛けられ、それぞれ義手を賜ると言う史上空前絶後の名誉を得ることになったのです。

しかし、これはもはやトルンペルドールの望んだことではありませんでした。
トルンペルドールの希望はカナンの地に、シオンの丘にユダヤ人の国を築くことになっていたのですから。

入植

まだまだ、トルンペルドールのようにイスラエル建国の理想をもった人びとは少数でした。
少数でしたが、当時イスラエル地域を支配していたトルコ帝国から土地を買って、開拓を始めていました。
トルンペルドールもその一人となり、しかも危険だと言われていた北部のテルハイと言う場所にわざわざ土地を求めたのです。その地は後に、イスラエル国の飲用水を供給する貴重な地域となるんですが、そこまでトルンペルドールが読んでいたのかどうかは判りません。

ユダヤ人の入植には、当然のようにアラブ人が反発します。
現代と同じように武力で入植者を攻撃するのが当然、でした。だからこそ北部は危険だと言われていたんです。

アラブ人がテルハイにも攻め寄せてきたとき、トルンペルドールは残されていた片手で銃を取り「撃て!」と叫んだそうです。
2000年の間、故郷を追われて彷徨った民族が上げた叫びに、私には思えます。

多勢に無勢で、トルンペルドールは奮戦もむなしくアラブ人の手に掛かってしまいます。
トルンペルドールの最後の言葉は「国のために死ぬのは良いことだ」でした。

日本です

もちろん、まだまだ「イスラエル」と言う国はありません。

トルンペルドールの瀕死の頭の中に浮かんでいたのは、いったいどんな国だったのでしょうか?
生まれ育ったロシアでしょうか。
捕虜生活を送った日本でしょうか?

当時の日本人が、ユダヤ人に陰謀の影すら見ていなかったことは、誰でもお判りだと思います。

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