防護巡洋艦カイゼリン・エリザベートのイラスト

美貌の皇后の名を冠した巡洋艦「カイゼリン・エリザベート」と日本

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カイゼリン・エリザベート(1837~1898年)は、19世紀末のオーストリア=ハンガリー二重帝国の皇帝フランツ・ヨーゼフ一世の皇后です。

エリザベート皇后

エリザベート皇后

国民に慕われ

私たちのイメージでは、オーストリアは武力ではなく婚姻でヨーロッパを席捲したハプスブルク帝国の成れの果て。

もともと隆盛を誇ったドイツの領域からはプロシャに叩き出された老大国、とあまり良いイメージがありません。
でも実態は国内の多民族の融合に気を使ったり、当時の列強では最低の徴兵率を誇るなど、面白い国なんです。

エリザベート皇后は少女の頃、姉のお見合いに付き添って行って、姉に代って皇帝に見初められた、と言うエピソードもあるほどの美貌でした。
性格も庶民的で、よく国民に慕われていたそうです。

夫婦で巡洋艦に

皇后陛下がまだ在世中の1892年、オーストリア海軍は2隻の防護巡洋艦を就役させました。

「カイザー・フランツ・ヨーゼフ一世」号と「カイゼリン・エリザベート」号です。

ダンナと嫁はんを同型艦にするなんて、粋じゃないですか。

満載排水量4500トン、速力は最高19.17ノット、35口径9.5インチ砲2門、35口径6インチ砲6門など。
艦首の水面下には控えめなラム(衝角)を装備し、その上部には固定式の魚雷発射管。

カイゼリン・エリザベートのラム、その上は魚雷発射管

カイゼリン・エリザベートのラム、その上は魚雷発射管

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時代を感じさせてくれます。

平和の軍艦

「皇帝夫妻」は地中海でイタリア(アドリア海を挟んで対岸)海軍に対抗するための軍艦だったのですが、第一次大戦までは戦うことなどありませんでした。

世界各地に親善訪問を繰り返すのが「皇帝夫妻」の役割で、特に「カイゼリン・エリザベート」の方はアジアを担当?していました。

1893皇太子フランツ・フェルディナント大公の入京

皇太子フランツ・フェルディナント大公の訪日を描いた錦絵 1893

 

もちろん、大日本帝国にもやってきました。
一回目は1893年、オーストリア皇太子フランツ・フェルディナント大公の訪日にお召し艦となりました。

フランツ・フェルディナント大公は世界周遊旅行の締めくくりとして極東の島国をご訪問になったのです。

えっ、そうです。あの「サラエボの一発」で暗殺されたフランツ・フェルディナント大公ですよ。
なお、錦絵でお出迎えになっておられるのは明治大帝であります。

日露戦争にも参戦?

「カイゼリン・エリザベート」はこの時を皮切りに、都合4回もわが国を訪れてまいります。
一度も不愉快な思いをすることはなく、暮れ行く帝国と昇り行く旭日の帝国の友誼を強くしていたのです。

それどころか、日露戦争の折のこと。

極東にあった「カイゼリン・エリザベート」は予定を変更して日本の周囲をグルグルと巡航したのです。
時はウラジオストック艦隊による通商破壊活動に、上村艦隊が振り回されていたときです。

上海に停泊する出雲

上村艦隊(第二艦隊)旗艦装甲巡洋艦「出雲

ウラジオストック艦隊にとっては見つけた船は片っ端から撃沈(日本列島の周りにいるのは敵国船か、敵国に向かう貨物船ですから)すれば良かったのに、「カイゼリン・エリザベート」の存在によって船籍を確認する必要が生じてしまいました。

目障りだったことでしょうね。表向き中立でもちゃんと日本のために戦ってくれていたんです。

皇太子暗殺

1914年6月28日、サラエボでオーストリア皇太子、フランツ・フェルディナント大公夫妻が暗殺されたとき、「カイゼリン・エリザベート」は4度目の日本訪問を終えて支那に向かい、渤海湾を航行中でした。

戦争の主な構図は英仏露vs独墺土(トルコ)。

日本はイギリスの同盟国として、ドイツの極東根拠地、青島を攻める立場でした。

しかし主戦場から遠く、ドイツ東洋艦隊や青島守備隊に対して圧倒的優位にある大日本帝国は、つい先日まで親善訪問に来ていた「皇后陛下」と戦うつもりはありませんでした。

それはオーストリア政府だって同じこと。
旧式の巡洋艦一隻を、ドイツ東洋艦隊に合流させたところでたいした力にはなりませんし、敵側といっても日本とは友情はあっても敵対関係などないのです。

両国の海軍と外交筋は水面下で接触し、
『「カイゼリン・エリザベート」は武装解除の上で青島へ入港し、乗員400余名は鉄道で天津へ移動する。』
と言うことで合意したようです。

8月23日には「カイゼリン・エリザベート」艦長あてに武装解除命令の電報が届き、乗員は回航要員十数名を残して鉄道に乗り込みました。

名前が災いの元に

これで日本とオーストリアは直接対決を避けることができ、「カイゼリン・エリザベート」の将校も水兵さんも無事に故国へ帰ることが出来るはずでした。

ところが、意外なところで情勢が動きます。
遠くベルリンの宮廷でのパーティの席上でした。

ドイツの皇帝陛下がオーストリアの美貌の皇后陛下のことを思い出してしまったのです。その名を冠した巡洋艦が極東に行っていることも。

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「オーストリアの駐在武官君、あの別嬪さんの巡洋艦は青島で我が軍とともに勇敢に戦うんだよね。期待しとるからね。」とか言ったんでしょうね。

もし、日本に来ていた巡洋艦が「ウィーン」とか「エリン」とか目立たない名前だったら、皇帝陛下が小さな巡洋艦のことなど思い出すはずはなかったのですが。

自分の国が戦争を仕掛けたとは言っても、戦力的にはドイツを頼らないとどうしようもないオーストリアは大慌て。

「あっ、日本と戦うのはイヤですから乗組員はもう逃げちゃいました。」
などと正直にいえるわけがありません。

またしても電報が打たれて、30分前に天津に到着したばかりの乗員たちは再び青島へ集められたのでした。

ドイツ東洋艦隊は逃げた

「世界の列強がヨーロッパ本国で争ってる間に、極東での勢力を増大させとこ!」
と言う、ある意味当然な欲望に突き動かされて、大日本帝国は青島攻略に動きます。

このやり方があまりに露骨と言うか下手で、大英帝国からの信頼が低下しちゃうんですが、まあそれは別の機会に。

よその国の巡洋艦は青島に戻したくせに、ドイツ東洋艦隊は日本艦隊の封鎖を恐れ、主力艦をさっさと脱出させてしまいます。

タウベ軍用機

タウベ軍用機

インド洋まわりの巡洋艦「エムデン」と太平洋横断のシュペー提督率いる主力艦隊の、故国を目指す悪戦苦闘は、それぞれ一篇の叙事詩になりそうです。
ぜひ記事にしたいところですが、「カイゼリン・エリザベート」にとっては「冗談じゃないわよ!」な話ですね。

軽巡エムデンとミューラー艦長

ドイツ軽巡エムデンとミューラー艦長

青島に残ったのは駆逐艦「タークー」と水雷艇「S90」、砲艦「イルティス」「ヤグアール」「ティーガー」「ルクス」の計6隻+最大の艦艇になっちゃった「カイゼリン・エリザベート」。

陸軍は上手く攻めたが

要塞攻撃と言えばわが国にとっては旅順攻略戦ですが、青島攻略は余裕があったことも影響して、砲撃で決着をつけています。

陸軍は9月1日に上陸すると慎重に攻撃陣地を構築し、一ヶ月以上かけて大砲を輸送・配置して支那本土と青島市街地を切り離したうえで10月31日、攻撃開始。

11月7日の早朝、篭城のドイツ軍は早くも白旗を揚げざるを得ませんでした。

戦闘後の調査ではコンクリート掩蔽は破壊できなかったものの、砲座や機関銃座はすべて破壊しており、歩兵が突撃するまでもなくドイツ側の反撃の術はなくなっていたようです。

陸軍は旅順での大損害をちゃんと研究していたんですね。

理想的な要塞攻撃ですが、国内では「突撃しないのか!」と批判を浴びたといいます。
わが国民の軍事オンチは現代だけではありません。

一方の海軍はどうだったのか?

水上機母艦若宮

水上機母艦若宮がファルマン水上機の揚収テストを実施中

「モーリスファルマン水上機」を搭載し、世界初の艦船への航空攻撃を実施した航空母艦「若宮」(当時の類別は水上機母艦ではなく、「航空母艦」)の活躍が良く知られています。

ところが、実際には「若宮」は9月30日に触雷・大破して内地へ引揚げています。

青島の海岸でモーリス・ファルマン水上機

砂浜から行動するモーリス・ファルマン

残されたモーリス・ファルマンは砂浜を基地にして行動せざるを得ず、ドイツ軍の「タウベ」機に翻弄されてしまいました。

主力艦が触雷って、日露戦争でもあっただろ?
それも同じ港湾攻撃だったような気がするぞ。

まあ、それはともかく陸軍機の応援もあって、日本軍初の空中戦は何とか引き分けに持ち込み終了。

海軍のチョンボは続き、防護巡洋艦「高千穂」が水雷艇に撃沈されています。

エリザベート皇后号の最後

青島入港後の「カイゼリン・エリザベート」は移動することもなく、数回の砲撃を行うと弾薬が底を付き(真偽不明)11月1日深夜に港内の最深部に自沈してしまいました。

オーストリア=ハンガリー帝国の青島における戦死者は10名、捕虜は300名。

 

1900年、神戸港のカイゼリン・エリザベート

1900年、神戸港のカイゼリン・エリザベート

そうそう、言い忘れてました。
義和団事件のとき「カイゼリン・エリザベート」は支那にいました。

急を聞いて上陸した「カイゼリン・エリザベート」の陸戦隊は、皇軍兵士と肩を並べることを強く希望。
それがかなえられると皇軍に劣らず勇敢に戦ったそうです。

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